未来を論じる『ホモ・デウス』著:ユヴァル・ノア・ハラリ

書籍レビュー

本書の概要

 イスラエルの歴史学者、哲学者であるユヴァル・ノア・ハラリの著書。猛烈なスピードで発展をとげるテクノロジーにより、社会はどのような変化を遂げていくのか? 過去の歴史、科学の実験などから導き出される、今後訪れるかもしれない未来について論じた一冊。

この本が面白い理由

 文庫で350ページほど、しかも上下巻と決して短くない本ですが、著者特有のユーモアある文体と内容のおもしろさと興味深さでぐいぐい読めました。ページをめくるたびに、新たな知識と驚きを提供してくれました。この本の感想は?と聞かれたなら、「とてもおもしろかった!」と答えるほかありません。

 どんなところがおもしろかったのか? それを説明するにあたって、少々脱線してしまいますが、『世界史』(著:ウィリアム・マクニール)を読んだむかーしのことを少し思い返そうかとおもいます。

 世界史と言えば、学校の授業で暗記させられた歴史年表が思い起こされます。年号と人物名、事件名が羅列された表を覚えることが即ち、歴史を勉強することでした。はっきりいって、つまらない作業です。世界史の授業はほぼ毎回睡眠時間と化していました。

 しかし、なんとなく手に取った『世界史』を読んでがらりと歴史の見方が変わりました。『世界史』では、歴史をただただ年表順に記述していくのではなく、社会の構造を分析し、文明の繁栄と衰退の流れを理由を以て説明してくれました。そして、無味乾燥した歴史年表の裏には、無数の人間の営みが、すなわち社会、思想、経済、宗教、言語あらゆる要素が絡み合った結果が隠れていたことを教えてくれました。

 歴史ってすごいんだ。おもしろいものなんだ。

 このように、『世界史』は歴史に対する認識をがらりと変えてくれた思い出の本でした。

 今回取りあげる『ホモ・デウス』は、当時抱いた驚きと似た読後感を提供してくれました。物事を見る視点が一冊の本でがらりと変わる体験は早々出くわすものではありません。

いったい何に価値を置くのか? 歴史と未来

 本書によると、かつては神と宗教が至高の存在でした。物事の価値判断は神が定めた規範に沿うか否かであり、ホモ・サピエンスを他の動物たちを差し置いて大きく繁栄する要因を生み出しました。それは、単一の物語の元に、人々をまとめ、大きな事業の元に団結させる力です。ホモ・サピエンスは、ピラミッドを作り、海を渡って交易を行い、飢えや病を克服しつつる……という空前の繁栄を遂げたのは、各個人の能力の向上ではなく、互いに顔も知らない人々を結びつけ、社会のために協同することが可能になったからなのです。

 このように、宗教と神がホモ・サピエンスの発展に果たした影響は広大で、人々をまとめ上げる物語の柱として長らく機能してきたのです。

 しかし、現代では神と宗教が価値判断の源泉であるという考えは時代遅れになりました。神に代わり、個人と自由が尊ばれる時代となり、人間至上主義の時代が訪れました。個人は自由を所与の権利として授けられ、己の感情や意志に従い、決定することに価値を見いだしました。政治に市民の意志による投票制度が用いられているのも、個人の欲望を最優先とする市場経済が発展したのも、人間至上主義の時代であることの証左といえましょう。

 ところが、この現代の社会の根幹を担っている人間至上主義に危機が訪れつつあると著者は主張しています。テクノ人間至上主義、そしてその次の段階ではデータ至上主義の時代がやってくるのではないか、と警鐘を鳴らしているのです。 人間至上主義に訪れつつある危機とはなにか? それはテクノロジーの発展により、人間の欲望や意志に寄せる信頼の基盤が崩れつつあることです。著者は下記のようなたとえ話を以て危機を具体的に描写しています。

 たとえば、モンタギュー家のロミオがキャピュレット家のジュリエットと恋に落ちたときははなはだ厄介なことになった。モンタギュー家とキャピュレット家が激しく敵対していたからだ。そのようなドラマのテクノロジーによる解決策は、私たちがけっして厄介な欲望を抱かないようにすることだ。ロミオやジュリエットが毒を飲む代わりに、不運な恋心を別の人に向けなおすような薬を飲んだり、ヘルメットを被ってできていたら、どれほどの痛みと悲しみが避けられたことか。

『ホモ・デウス 下』p278

 人間の欲望そのものを書き換えることを可能にするテクノロジーは非常に魅力的です。ロミオとジュリエットの悲恋が避けられるばかりでなく、例えば気が進まないジム通いを容易にし、兵士の罪悪感を振り払い高揚感を与えます。テクノ至上主義は、価値判断の源泉である人間の意志や欲望を、テクノロジーによりコントロールすることを肯定するのです。

 しかし、このようなテクノロジーを用いると、今度は別の問題が生じてきます。人間の欲望を思うがままにコントロールできるのであれば、では欲望をどこに向けるべきなのでしょうか? テクノロジーそのものに答えはありませんし、欲望はもはやテクノロジーによって操作される対象に成り下がっています。価値判断の基準となる物差しが失われてしまうのです。

 このような状況下では、人間の意志や欲望に従うことを基盤に置いた人間至上主義、テクノ人間至上主義いずれも成立しようがありません。

 現代の社会の根幹を担う思想が崩れた後、私たちの社会はどうなってしまうのでしょうか? 著者は、データ至上主義の到来を予想しています。価値判断の源泉を人間の欲望や意志に求める社会から、データ処理への貢献度によって判断される社会への変化を予言しているのです。つまり、我々の知識や経験といったものが全て無価値とされ、コンピュータのデータとアルゴリズムが尊ばれる未来が待ち受けているのです。

未知なる世界

 人間の意志と欲望を肯定するからこそ、政治では民主主義が尊ばれ、経済では自由市場経済が繁栄しているのです。現代の我々が生きる社会の当たり前の制度が崩壊したら、いったいどんな生活が待ち受けているのでしょうか? SFに描かれたように、コンピュータに支配される社会でしょうか? 私には想像もつきません。

 ただ、文学やエンターテイメントの世界に多大なる影響を与えるであろうことは間違いないのだろうな、と思います。あらゆる物語で、主人公が度重なる困難に出会いながらも、強い意志を以て乗り越え、成長していく姿が描かれています。古今東西問わない王道の物語が、時代を超越して読者を引きつけてきました。それは人間の意志のすばらしさ、経験の偉大さを読者が理解し、同意するからです。

 では、もし意志や経験の価値を読者が認めなくなったら? 物語は何を描くのでしょうか? 読者が同意する新たなる価値観に基づいて、今までとは全く異なる物語が生まれるのでしょう。

 読書好きとしては、政治経済の変化よりも未来に描かれる未知の物語の方に興味関心を抱いてしまいます。まったく斬新な物語が出てくることでしょうから、読めるものなら読んでみたい。でも、きっと「古い人間の感性にはあわんな……」とぼやいて本を閉じる結果になりそうですね。残念。

総評:★4.5 これまでの人類の歴史を分析した結果を元に、今後起こりうる社会の変化を予想した著書。歴史分析、未来の予言ともに非常に興味深く、「たしかに今後そうなるかも……」と考えさせられてしまう。読破後は、最後に投げかけられた著者からの三つの問いについて考えてみてほしい。

ユヴァル・ノア・ハラリの他の著書

 今回は『ホモ・デウス』を取りあげましたが、著者の本で一番有名なのはおそらく、『サピエンス全史』だと思われます。マンガで読むサピエンス全史まで出ておりますので、相当ヒットしたのではないでしょうか。こちらは未来を取りあげた『ホモ・デウス』とは対照的に、過去、人類が今までたどってきた歴史について書かれた本です。

 残念ながら、私はまだ読んでおりません。本当は先に読んでおくべきだったかな、と思っております。『ホモ・デウス』は当てずっぽうに未来を予言しているのではなく、歴史の分析を元に書かれているのです。『サピエンス全史』の内容が根底にはあるでしょうから、先に読むと理解が深まるに違いないでしょう。

 ただ、『サピエンス全史』はまだ文庫化しておらず、ちょっと買いづらいのが難点。早いところお願いします、神様仏様、河出書房新社様。

プロフィール
よまず
yomazu

読書歴10年。大学時代まで全く本を読まない人生を送っておりましたが、文芸部に入部して小説を読んで批評したり、書いたりしているうちに読む習慣がついてしまいました。
一応好物は童話、ファンタジー系ですが、ビジネス書から小説まで読まず嫌いせずに読んでいきます。
現在仕事を辞めて、まったり専業主婦ライフ中。

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